自分と生きる 今を生きる

いつでも楽しく生きてみる。 今 ここ 自分

もっと気楽に生きていこう

いまの自分がそのまんま、

 

 

いまの気分。

 

 

いまの気分がそのまんま、

 

 

いまの現実。

 

 

 

気楽に、、、という言葉がはるか遠くに感じられる?

 

 

だとしたら、どこかでダメ出ししてるはず。

 

 

 

育った環境に

 

 

親との関係に

 

 

今の仕事場に

 

 

パートナーとの関係に

 

 

子供との関わり合いに

 

 

これじゃあダメ!

 

 

こんなだったからダメ!

 

 

あぁ、これが違っていたら、

 

 

これさえなかったら、

 

 

もっと生きるのは楽なのに…

 

 

そう、思ってませんか?

 

 

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どこにダメ出し、、してるのか、

 

 

そこに、もがき苦しんでいることを

 

 

どうやって手放せばいいのか。

 

 

人って、そこに悩み続けているのかもしれない。

 

 

これじゃダメ!をやってる限り、

 

 

心の中が穏やかになることは、

 

 

ないです。

 

 

剥がしていくしか、ないです。

 

 

ダメ出ししている、自分の思考を。

 

 

ちょっとずつ、ちょっとずつ、

 

 

ベリベリと剥がしていくんです。

 

 

根気は、いるかも。

 

 

 

でも、楽しく生きていくのなら、

 

 

そこをやるしかない。

 

 

 

気楽に生きよう!と言われて、

 

 

はい、そーですね〜  とは、

 

 

いかないでしょう?

 

 

いっとき、なんだかそんな気分を味わうことができたとしても、

 

 

時間がたてば、おんなじ。

 

 

また元の、もがいてる感情に捕まってしまう。

 

 

もがいてるのなら、

 

 

ベリベリと、ダメ出ししてる自分を

 

 

剥がしていこう

 

 

 

これでいいし、

 

 

大丈夫だし、

 

 

私、いまがいちばんいいかも! 

 

 

 

いいこと、発見隊です。

 

 

見方を変えるんです。

 

 

辛い苦しかったあの時にも、

 

 

だからこそ、、、と思えるものを手にしているのだし。

 

 

今もし、大変な状況にあるとしたら、

 

 

それはまた、「なにか」を手にするとき。

 

 

なにか、って、「 学び」です。

 

 

その人の「生きていく智慧」です。

 

 

胸張って、宣言していいんです。

 

 

わたし、よくやった!

 

 

いつも、よくやってる!

 

 

こんなことにも気づけたし、あんなこともわかったし。

 

 

なんか、わたしって、素敵じゃない?

 

 

気持ちが楽になると、

 

 

なにがいいかって、

 

 

その人らしさが輝き始めること。

 

 

その人が自分の命を大切に思えること。

 

 

今 ここ  にしあわせを感じられること。

 

 

その、「今 ここ」の連続が

 

 

生きてる時間だし、

 

 

人生なんだものね。

 

 

もっと気楽に、生きていこう

 

 

ダメ出しは、そろそろ止めよう

 

 

自分らしく、心地よく

 

 

生きていこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

決めつけないよ、おしまいにしないよ

あ〜またやっちゃった…

 

 

と、似たような失敗をした時に、

 

 

よし、次また気をつけよう、と思う人と

 

 

だから私ってダメなんだよね、、、と

 

 

自己卑下しちゃう人、

 

 

いますよね。

 

 

次また気をつけよう!と考える人は、

 

 

どこに気をつけたらいいのか、

 

 

ちゃんとポイントを押さえているけど、

 

 

自己卑下しちゃう人は、

 

 

失敗の原因を自分の性格かなんかのせいにして、

 

 

実は、どうしたらいいのかを

 

 

あまり考えてない。

 

 

 

自分がダメだから、こうなった

 

 

そんなふうに捉えているままでは、

 

 

なにかを変えようとする力は、

 

 

なかなか湧いてこないです。

 

 

どうせ〜〜だから

 

 

と、そこに原因を決めつけてませんか?

 

 

それでおしまいにしていませんか?

 

 

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それだといつまでたっても

 

 

やっぱり同じことの繰り返し。

 

 

その心地よくないスパイラルを

 

 

嫌だなと、思うのなら

 

 

どうしたらいいのか

 

 

具体的なことを1つでも、

 

 

見つけると、いいね。

 

 

連絡すればよかった

 

 

確認すればよかった

 

 

ひとこと声かければよかった

 

 

謝ればよかった

 

 

伝えればよかった

 

 

ちょっと考えてみればよかった

 

 

 

私たちが繰り返してる後悔は、

 

 

そんなことの中に潜んでいる。

 

 

性格のせいや、環境のせい、

 

 

あるいは誰かのせいで、、こうなった、、、

 

 

なんてのは

 

 

人生の主導権を手放しちゃってるようなもんです。

 

 

どうしたらいいかは、

 

 

目の前にあるのだもの。

 

 

 

だって、自分の性格がなんたらかんたら、、、

 

 

だって今の状況ではこうだし、、、

 

 

だってあの人がこんなであんなで、、、

 

 

 

そう思うのなら、

 

 

なにを変えればいいの?

 

 

できることってなんだろう。

 

 

そもそも、ほんとに変えたい変わりたいと

 

 

願っているのかな。

 

 

だとしたら

 

 

変えるのは具体的なことです。

 

 

考え方、(どう捉えていくか)

 

 

話し方、(どんな言葉をつかうのか)

 

 

行動の仕方、(なにをして、なにをしないのか)

 

 

これだけ。

 

 

 

このうちどれかについて、あるいはぜんぶについて。

 

 

自分がいま実際にどうしているのか見つめてみると、

 

 

その通りの現実の中にいませんか?

 

 

なんだ

 

 

やってる通り、言ってる通り、思ってる通りじゃないか。

 

 

不安だって思うから、不安なんだし、

 

 

嫌われてるって思うから、そうだと決めつけて避けてるし、

 

 

きっとわかってくれないって思うから、

 

 

ほんとにわかってもらうためのことは、何もしてない、

 

 

なーんだ、その通りだ!

 

 

繰り返し、頭の中によぎること、

 

 

 

いつも考えていることが、あるかと思います。

 

 

でもね、ひょっとして

 

 

そのことについて、本気で答えを出そうとしていないのでは?

 

 

本気で変えようとしていないのでは?

 

 

だってね

 

変えていくのはすっごく怖いし、

 

とっても大変なんだもん

 

 

 

そうなんですよね。

 

ほんとは変えたいのではなく

 

 

どこかで変わりたくないとも

 

 

思っていたのかも、なんですね。

 

 

決めつけてしまって、そこでおしまいにしていると、

 

 

自分の本音にすら

 

 

たどり着けません。

 

 

おしまいにしちゃわないよう、

 

 

そうなのかな?どうなのかな?

 

 

そんな問いかけをいつも自分にしていきたい。

 

 

 

 

 

何も怖くなくなるとき

ずっと不安だったり、

 

 

なかなか現実が思い通りにいかないと感じていたら、

 

 

それは、

 

 

自分が怖れているものが、

 

 

なにかが、あるからです。

 

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お金がなくなったら…

 

 

上手くいかなかったら…

 

 

気に入ってもらえなかったら…

 

 

嫌われたら…

 

 

結果が出せなかったら…

 

 

ほんとうに、ほんっとに!

 

 

私たちは動く前から考えてしまう。

 

 

ありとあらゆる、よくないことを。

 

 

動く前に、です。

 

 

完璧にやりたいと思う人、

 

 

自己評価が低い人ほど、

 

 

考えすぎて、不安にがんじがらめになって、、、

 

 

そして、動けない。

 

 

ついでに、動けてない自分を責める。

 

 

嫌ですね、そんな自分が。

 

 

 

そのスパイラル、どうしたら抜け出せるのか?

 

 

すべての準備が整うとか、すべての不安がなくなるなんてことは、

 

 

無いのだと、知ることです。

 

 

そうしたら、動けます。

 

 

不安を拭うのも、嫌なスパイラルから抜け出すのも、

 

 

答えはおんなじ。

 

 

 

動くことです。

 

 

 

すべてを綺麗に、上手に、最短で、

 

 

しかも効率よく、

 

 

なんて、あり得ない。

 

 

おまけにズバ抜けて上手にやろうなんて、

 

 

できると思いますか?

 

 

もし仮に、はじめはできたとしても、

 

 

それをやり続けられますか?

 

 

もう、怖いですよね。

 

 

怖い、のが招く結果には、ふたつのタイプあると思います。

 

 

怖いから見ない、やらない、

 

 

それは、結果を受け止める覚悟ができてないから。

 

 

怖いけど見る、やる、

 

 

結果もちゃんと受け止めよう、そしてそこからまた、考えればいい、と思えるから。

 

 

怖くなくなるのは、

 

 

不安な要素がなくなるからではなくて、

 

 

どうであっても、自分が選んだ結果、

 

 

動いた結果は、そのまま受け止める、

 

 

と思えたときです。

 

 

よくない結果だったとしたら、

 

 

やり方を工夫するとか、

 

 

考え方を変えるとか、

 

 

なにかまた、仕切り直せばいいのだもの。

 

 

なんだって、

 

 

最初から完璧に綺麗になんて、

 

 

いくわけないのだから!

 

 

そう思えていたら、

 

 

ちょっと違ったな、と思っても

 

 

また、やり直せます。

 

 

怖くなくなるのは、

 

 

結果によって自分の評価が左右されるわけではない、

 

 

と、腹の底で知ることからです。

 

 

私が考えて、私が選んで、

 

 

そしてやったのだから、

 

 

それで結果はすべて受け止めるし、

 

 

それでよし。

 

 

だからと言って、

 

 

誰の評価も判断も、要らないのです。

 

 

楽しく生きるのは、

 

 

自分自身なのだもの。

 

 

そう思えたら、

 

 

なにも怖くないです。

 

 

楽しく生きるのは、

 

 

なにもラッキーなことや、オシャレなことがあるからじゃなくて、

 

 

自分が選びながら生きている、という

 

 

ささやかな誇りみたいなもんですよね。

 

 

朝になにを食べるとか、

 

 

着ていく服も、

 

 

どんなことを話すのかも。

 

 

選んでいるんです。

 

 

誰かに会ったり喋ったりするときに、

 

 

まわりの評価を気にしてではなく、

 

 

素直な自分を表現することを選び続ける。

 

 

自分で選んだことを生きていくのだから、

 

 

怖くなんかないです。

 

 

 

怖いのは、

 

 

未来を見ようとしすぎてるせいかもしれません。

 

 

今いるところから、どれだけ具体的に見ようとしても、

 

 

今と未来をつなげられる証拠がないと、

 

 

やっぱり不安になるだけ。

 

 

証拠をどれだけ集めても、

 

 

安心までは、至らないでしょう…

 

 

いちばん安心な証拠は、

 

 

自分がやりたいように、なりたいように、

 

 

この一瞬、一瞬を

 

 

選んでいくだけです。

 

 

 

 

 

 

満足するとよそ見しなくなる

輝いてるあの人が気になって…

 

 

FBでのあの人の投稿がモヤモヤして…

 

 

まわりは、キラキラしてる人でいっぱいなのに、

 

 

どうしていつまでも私はこうなんだろう…

 

 

なんとかしなくちゃ、なんとかしたいのに、

 

 

どうすればいいの?!

 

 

そしてまた、何かを足そうと探し回って、、、

 

 

あぁでもまだ!まだまだ!

 

 

このままじゃダメ!

 

 

そんなふうに、求めて求めて、

 

 

迷走してる人が、

 

 

チラホラ、います。

 

 

なにがダメなの?

 

 

なにが足らないの?

 

 

キラキラしてるように見える

 

 

あの人みたいになりたいのですか?

 

 

お金持ちになって、

 

 

ホテルのスイートに泊まりたいのですか?

 

 

あなたがほんとに望んでいるもの、

 

 

望んでいる暮らし、

 

 

自分らしいと思える生き方って、

 

 

なんなのだろう。

 

 

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素敵そうに見えるものは、

 

 

巷にあふれてますよね。

 

 

そう見えるように、仕組んでいるのだから。

 

 

次から次へ、魅力的に写るものが

 

 

現れる。

 

 

足らないなにかを埋めようと、探し回ってる人には、

 

 

もう、終わりのない、「これください」ゲームです。

 

 

これまでの自分を否定したまま、

 

 

いきいきと生きていくことなんて、できやしないのに。

 

 

それまで重ねてきた時間を、

 

 

こんなはずじゃなかったと否定したまんまでは、

 

 

この先の人生だけ素晴らしいものになるなんて、

 

 

ないですよ。

 

 

これまでの時間が、

 

 

あなたそのものの人生だし、

 

 

今のあなたが、

 

 

ほんとうのあなた自身なんだもの。

 

 

そこを否定したまま、なにを手に入れたら充分だと思えるの?

 

 

これまでの自分に、ほんとうにいいと思たら、

 

 

他のことで、心が惑わされることなんて、

 

 

なくなります。

 

 

 

これまでに生きてきた時間、

 

 

それでこその今、

 

 

そこに、充分だと思たら、

 

 

他の何かが羨ましくなんてなくなります。

 

 

私は私で、いいのだ、

 

 

そう心から思えると、

 

 

よそ見する必要がなくなるのです。

 

 

いったいいつまで、、よそ見を続けるのだろう。

 

 

自分の中にもキラキラがあること、

 

 

これまで生きてきた時間の中で、

 

 

たくさん学んでこれたこと、

 

 

今この瞬間、

 

 

自分がいること。

 

 

考えることも発言することも、

 

 

何かを選ぶことも、

 

 

今の自分のおかげじゃないか。

 

 

これまでを否定するのは、

 

 

今を否定すること。

 

 

それなのに、この先だけキラキラ生きていく?なんて、

 

 

ないのです。

 

 

今を、大切に生きることなくして、

 

 

未来だけ輝かせようなんて、

 

 

できやしない。

 

 

よそ見しなくなるまで、

 

 

自分のことを見つめてみたらいいです。

 

 

 

まずは自分が、

 

 

自分をどう思うのか。

 

 

そこからなんだと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

泣きっぱなしの子供を放っておけますか?

マンションに住んでると、外のいろんな音や、声が

 

 

聞こえてきます。

 

 

朝に多いのが、

 

 

子どもの泣き声。

 

 

わーわーとか、しくしくではなく、

 

 

ギャーギャー  泣いてます。

 

 

私には悲鳴に聞こえるほど。

 

 

お母さんには、そんな子供に優しく語りかける余裕も、

 

 

 

泣きがおさまるのにつきあう余裕も、

 

 

 

ないです。

 

 

 

朝だから。

 

 

 

幼稚園や保育園は、時間が決められてるし、

 

 

そのあと自分が出勤しなきやいけない人は

 

 

そりゃ急ぐでしょう。

 

 

電車の中や、スーパーにも、よくある光景。

 

 

子供がギャンギャン泣いてるのに、

 

 

 

お母さんは放っておく。

 

 

 

背中を向けてズンズン歩いてたりもする。

 

 

「〜ちゃんが、〜〜だからでしょ!」

 

 

 

なんて、怒鳴ったりして。

 

 

泣きっぱなしが放っておかれても、

 

 

仕方ないの!当然なの!

 

 

あなたが悪いんだから!

 

 

 

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だから、罰を与えても

 

 

いいの?

 

 

そう、問われたらなんて応えるかな。

 

 

私も3人の子供を育てています。

 

 

今は大きくなりましたが、

 

 

通った道です。

 

 

子供がね、、、、そこまでの、悲鳴に近いまでの泣き声になるには、

 

 

段階があるの。

 

 

 

すぐにそこまでにはならない。

 

 

 

その、途中の段階で、おかあさんは子供の気持ちに寄り添うことは

 

 

できなかったのかな?

 

 

そう、思います。

 

 

朝忙しいとき、

 

 

 

自分でボタンとめる!という子供に

 

 

できないでしょ、時間ないんだから、と

 

 

母親がやってしまう、、、すると、子どもはどうですか?

 

 

スーパーに向かうとき、抱っこしてぇ、、と子供がいうのを

 

 

ママは荷物あるんだからね

 

 

自分で歩きなさいっ、と言ってしまう、、、

 

 

お母さんの小さなイライラは、

 

 

どんどん子供の心に積もっていくよね。

 

 

そして、子供が耐えられなくなる。

 

 

ほんの少しだけ、

 

 

気持ちに寄り添ってほしいだけなのに。

 

 

「うん、〜ちゃんも疲れたよね」と

 

 

言ってほしいだけなのに。

 

 

「自分でやれるの?すごいなー」と

 

 

見ていてほしいだけなのに。

 

 

ボタンなんて止めてなくたって平気じゃない、ぐらいの

 

 

適当さも、アリじゃないかな。

 

 

お母さんの心は、ストレートに子供に伝わるのだから。

 

 

それでもいいよ、そんなあなたでいいよ。

 

 

そんな気持ちを、受取りたいだけなのです、子供はね

 

 

子供に寄り添えなくなるぐらい、

 

 

余裕をなくしてしまう前に、

 

 

自分の心を、だいじにして、

 

 

よし、これならいけるわ大丈夫、と思えるまで、

 

 

ゆっくりとしてれないのだろうか。

 

 

そうしたら、泣き出しそうな子供に

 

 

どうしたの?と、笑顔を向けられるかな。

 

 

子供が泣き叫んでいるのは、

 

 

お母さんに気がついてほしいから。

 

 

よく、よく、見てごらん。

 

 

悲鳴をあげるように泣きたいのは、

 

 

ほんとは、、お母さんではないのかな?

 

 

子供はわかってます。

 

 

今すぐ、でなくてもいいよね。

 

 

完璧でなくてもいいよね。

 

 

 

ゆっくりでもいいよね。

 

 

自分のやり方でいいよね。

 

 

 

お母さんは、そういうことを、考えられないほど、忙しい。

 

 

今いるコミュニティで、承認を得たり、

 

 

夫の期待、要求に応えたり、

 

 

育った環境、つまり親から言われていたこと、刷り込まれた価値に

 

 

応えようとしたり。

 

 

お母さんは、知らず知らず

 

 

いっぱい、いっぱいなんですね。

 

 

だから、子供にも

 

 

「もう、いっぱいなの!」が、

 

 

 

伝わってしまう。

 

 

泣き叫ぶ子供を放っておけますか?

 

 

 

 

泣き叫んでいるのは、

 

 

あなた自身では

 

 

ないのかな。

 

 

余裕なくて、、気持ちに寄り添えなくて、、

 

 

そして、こんなことになっちゃった、、、

 

 

 

子供は、あなたに問いかけてます。

 

 

自分を幸せにするために、

 

 

今やることは、なんなの???

 

 

 

 

 

完璧主義じゃダメですか?

「こんなに頑張ってるのに!」

 

 

「これだけやってるのに!」

 

 

「どうして誰も認めてくれないの??」

 

 

そういう人が、います。

 

 

おうちの中に

 

 

ママ友の中に

 

 

職場の中に

 

 

怒りのオーラが出ているのに気がつかないで、

 

 

さらにがんばることを、止められない人。

 

 

「だって!もっとやらなきゃ認めてくれないんでしょ?」

 

 

たぶん、そのまんまだと、

 

 

認めてもらった、、というよろこびは、

 

 

得られない。

 

 

「どうして?」

 

「誰が見ても、、私はこんなに頑張ってるし、結果も出してるし、

そんなの納得いかない!」

 

 

そう、そうよね。

 

 

でもね、怒ってる人には

 

 

近づきたくない、、のが人間。

 

 

カミナリ落とされたら嫌でしょ〜〜。

 

 

認めてもらえない、と頑張り続ける人は、

 

 

私のことを認めてくれたら、

 

 

私のテリトリーに入れてやってもいいよ

 

 

そう、思ってるフシがあるから

 

 

人は、なんとなく近寄り難いと思う。

 

 

みんなから認めてもらうために、

 

 

評価されるために、

 

 

そして、完璧であるために、

 

 

黙々と、怒りながら、やり続ける。

 

 

黙っていても、それが伝わってくるのです。

 

 

完璧であろうとするのは、

 

 

文句言われたくないから、

 

 

批判されたくないから、

 

 

出来ないと思われるのが我慢ならないから。

 

 

完璧であろうとするのは

 

 

あなたの、武装体制でしょ?

 

 

戦わなければならない?

 

 

守らなければならない?

 

 

でないと向こうから攻撃される?

 

 

まわりは敵だらけだと思っているのは、

 

 

自分です。

 

 

まわりの人はあなたのことを

 

 

孤独な完璧主義だと思ってるかもしれません。

 

 

がんばり方を、少し変えてみる。

 

 

ファイティングポーズをとるのではなくて

 

 

ホスト役になる。

 

 

自分もまわりもリラックスしながら楽しむことに、

 

 

そのエネルギーを向けてはどうですか?

 

 

武装している人は、

 

 

弱味を見せると負けだと思ってるけれど、

 

 

その弱みにこそ、その人らしさや、

 

 

人間臭さがあって、

 

 

わたしはそこに、惚れます。

 

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なんだか、ひとり勝手に怒ってる人には、

 

 

やっぱり心開いて付き合えない。

 

 

完璧主義な人は、他人の欠点や弱点を見つけるのも

 

 

とても上手いものだから、

 

 

まわりの人は、審査されるようで、

 

 

なんだか気軽には近寄れない。

 

 

そんな…   孤独な完璧主義のままで

 

 

いいですか?

 

 

そろそろ、武装解除、しましょうよ。

 

 

その方がきっと、もっとあなたが輝くし、

 

 

生きてて、楽です。

 

 

楽というのは、リラックスしてるということ。

 

 

余計な力がなく、自然体で、

 

 

今を味わってることです。

 

 

眉間にシワ寄せて、

 

 

目を光らせて、

 

 

カチコチになってがんばってると、

 

 

誰より自分が疲れてます。

 

 

一人のときにリラックスするのもいいけれど、

 

 

人間同士の関わり合いの中でリラックスできてる方が、

 

 

生きてて、楽しいこと、間違いなしです。

 

 

敵ではなくて、たまたま出会えた生きる仲間たち。

 

 

そう思えたら、いいな。

 

気にしないというタフさ

気にしないというのと

 

 

気配りしないというのは、違います。

 

 

でも気配りするのと、

 

 

相手の機嫌を損ねないようにするのも

 

 

また、違うよね。

 

 

気にしないというのは、

 

 

わたしはそこに、何かを測るものさしをもってないです、

 

 

ということ。

 

 

着る服を気にしない、

 

 

寝癖を気にしない、

 

 

テストの結果を気にしない、

 

 

いいね!の数を気にしない。

 

 

無頓着なのではなく、

 

 

優劣をつけないし、いい悪いのジャッジもしないこと。

 

 

だから、人間関係で

 

 

この「気にしない」タフさをもつと、

 

 

すごく楽です。

 

 

誰と付き合ってても楽しいし、

 

 

嫌なこともそんなになくなります。

 

 

相手が自分をどう思うか、気にしないので

 

 

とても自由に喋れるし、

 

 

かといって、相手を攻撃する気持ちもないのだから、

 

 

ありのままです。

 

 

するとね、不思議なことに、

 

 

人から好かれるようになる。

 

 

人に好かれようと頑張っていたときは、

 

 

なんかちっともうまくいかなかったのに、

 

 

素の自分でいるようになったら、

 

 

友だちとの時間が増えて、楽しくなってきた!

 

 

「気にしない」

 

 

これは、強いです。

 

 

相手に〜〜こう思ってほしいもないし、

 

 

相手の反応に一喜一憂することもない。

 

 

相手がどう思うのか?は、

 

 

相手のテリトリーの問題であって

 

 

自分がどうのこうの、できることじゃない、

 

 

そんな肚の座り方です。

 

 

どうしたら、そんなタフさを身につけられるのかな?

 

 

どうしても、、他人の表情が気になるという人、多いですよね。

 

 

私がやったことが、不満だったのではないか。

 

 

今言ったことは、傷つけちゃったんじゃないか。

 

 

自慢してるように聞こえたんじゃないか。

 

もう、、、、、

 

 

相手がどう思ったのか?を気にしだしたら、

 

 

キリがない。

 

 

やめませんか?

 

 

タフに、なりませんか?

 

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「このまんまの自分で、私は充分!」

 

 

 

そう思えたら、

 

 

タフではないですか?

 

 

いちいち、他人の評価なんて気にしないでしょ。

 

 

まわりからほめられることを、求めないのだもの。

 

 

もっというと、

 

 

大切な自分の価値を

 

 

他人になんて、決めさせない!ぐらいの

 

 

元気があってもいいかもしれません。

 

 

みんな、自分を卑下しすぎる。

 

 

ダメ出しばっかりやってる。

 

 

なんでもっと、自分をリスペクトしないのだろう。

 

 

もう、やめましょう。

 

 

タフに   なろう。

 

 

そしたらもっとリラックスして、

 

 

その人らしく、輝くんだと思います。