自分と生きる 今を生きる

いつでも楽しく生きてみる。 今 ここ 自分

支えてもらうのか依存しているのか

誰にもなににも頼らずに生きていくことは可能なのか?

 

と、問われたら。

 

細かく厳密には不可能なんだろうけど、

 

個人の感覚としては、「頼らずに」は可能な話だろう。

 

でもそれが、人間らしい生き方かどうかは、また別の話。

 

生きてて楽しいかどうかも、問いかけたいところ。

 

そもそもなんで冒頭のような問いをするのかというと、

 

できれば頼らずに生きていきたいという、

 

そんな考えがあるから、でしょう。

 

なぜ?そうしたいの?

 

 

他人になにかを期待したくないから

 

 

なのでは?

 

 

他人は考えを変えることも

 

行動を変えることも

 

約束を破ることも、、

 

起こりうること、だから。

 

 

そのことを、、自分の視点だけから見ると「裏切られた」となる。

 

そうなりたくないから

 

頼らずに生きていこうと、

 

思うのでしょう。

 

 

ここで、見落としていることが、ある。

 

人間らしく生きるとは、

 

他者との、心地よいも悪いも含めた関係性があることなのだと思うのだけど。

 

見落としていることは

 

支えてもらうことと依存することでは、

 

自分の軸足がまったく違う、ということ。

 

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支えてもらうというのは

 

あくまで軸足は自分にある。

 

自分の足で立ちながら、その時々で支えてもらったり

 

あるいは支えたり、がある。

 

けれど、依存することは違うね。

 

軸足は自分にない。

 

相手に任せ切ってしまい、他人の足で立っているようなもの。

 

そして、結果や経過に対する責任までも

 

他人に押し付けた状態だ。

 

 

それって、、、、迷惑だから

 

 

人間どうし、支え合っていくのは

 

あたたかな触れあいと繋がりを生む。

 

そこでさらに認め合えれば、

 

関係性から互いの人間性を高めていくこともできる。

 

でもね、、、、

 

依存するのは、自分の人生に対する責任放棄。

 

人生の主役を、他者にお任せしちゃうこと。

 

それ、ほんと無責任なことだし、迷惑。

 

 

だったらなんの文句も言うんじゃないよ!

 

 

そう言われても仕方ないこと。

 

でも、依存する人は、かなりの文句言いでもあることが多い。

 

なぜって、無責任だからね。

 

なんとでも言えるし。

 

依存してる自覚があろうがなかろうが、

 

責任のないことに対して、軽い発言をし易いのは、人間の常。

 

 

依存は 自分にも相手にもいいことはない。

 

 

やめとけ

 

 

 

というお話しでした。

 

 

ここまで読んで、誰かの顔が浮かんでいるのなら、

 

自分の軸足がどこにあるのか

 

ちょっと振り返ってみよう。